都会ではできない、西脇ならではのものづくり。

 生まれも育ちも東京でありながら、西脇市に単身で移住し、市内の産元商社で独自ブランドを成功させようと奮闘しているのが、村田裕樹さんです。

 村田さんは東京の大学を卒業した後、あこがれの服飾デザイナーを目指して専門学校で学び、平成24年に西脇市にやって来ました。

 

産地からのチャレンジ

 一般的に、服飾デザイナーは、産地から東京に集められた生地を見て服のデザインに取り組みます。村田さんはそんな現状を見て、「生地のデザインから携わることができれば、服作りの可能性が無限に広がる。そこに他にはない強みが生まれるのでは」と考えました。

 そうして、日本各地の産地を訪ね歩くうちに目に留まったのが「播州織総合素材展」。200余年の伝統を誇る播州織の産地を一度見ておこうと、西脇市を初めて訪れた村田さんは、そこで、播州織のバリエーションの豊富さと、高品質を支える技術力の高さを目の当たりにします。東京への帰路につくころには、西脇で自分ならではの”一歩先行くものづくり”を目指そうと早くも決意していたそうです。

 そんな村田さんが門を叩いたのは、当時珍しい産地発の独自ブランドづくりに取り組んでいた島田製織株式会社。社長への直談判が功を奏し、ブランド発展のために奮闘する日々が始まりました。

会社の仲間とともに

 

毎日の感動をものづくりに生かして

 灰色の景色を眺めながら、満員電車に揺られて出社し、深夜帰宅を繰り返す毎日-。都会では当たり前のそんな生活に村田さんは疑問を持っていたと言います。「作品で人を感動させようと思ったら、まず、自分が感動できる環境に身を置かないと」と村田さん。隣人を気にせず、夜遅くまでものづくりに没頭できる古民家も地元の方の協力で見つけることができました。

古民家で暮らす

 今では、毎日のんびりと車を走らせながら、季節の移り変わりからクリエイターとしての感性を刺激されています。「少し車を走らせれば何不自由ない生活ができる西脇ですが、ふと目を向ければ、そこに色鮮やかな花々や若葉、夏の大空、山々を染める紅葉、透き通るような雪景色がある。日々、こうした自然から受ける感動が僕の担当しているブランド、“hatsutoki(ハツトキ)”の世界観を支えている」と村田さん。

田園風景(村田さん撮影)

 西脇市に移り住んで数年がたった今、村田さんは、仕事の合間を縫って仲間たちと綿花の栽培に挑戦中。「服は畑で育った綿花から作られている。そんな当たり前のことを大切にしながら、新たな播州織の魅力を発信したい」と意気込んでいます。

綿花畑にて

 

西脇の人って優しい

 「ある日、都会から若者がふらっとやって来て『家ないですか。こんな仕事させてもらえませんか』って話しかける。考えてみたら、おかしいですよね」と笑う村田さん。「でも、実際にやってみたら、意外なほど親身になって相談に乗ってもらえ、こうして今の僕がいる。優しい人が大勢いるまち…西脇って良いところですよ」。

 そう言って、村田さんは柔らかな笑顔を浮かべました。

村田さんたちが育てた綿花

更新日:2016年4月1日