地場産業「播州釣針」

播州地方における釣針製造のはじまり

 西脇市の釣針産業は、江戸時代末期に土佐国(高知県)から釣針製造技術が導入され、農家の副業として始まりました。
 また、「播州毛鉤」は天保年間(1830年~1844年)に京都から製法が伝わり、江戸時代末期に産地が形成されました。企業の多くは小規模ですが、ともに全国の総生産量の約90%を占めており、西脇市を代表する地場産業です。

播州釣針発展の祖小寺彦兵衛

 播州地方で釣針が製造されるようになったきっかけについては、諸説ありますが、「天保元(1830)年、加東郡下久米村(現加東市社町下久米)の庄屋、小寺彦兵衛が30歳のときに土佐国(高知県)へ行き、鍛冶屋高助方で魚釣針の製造を研究して、嘉永4(1851)年に故郷の下久米村に帰って製造を始めたのが、播州における釣針製造の濫触(はじまり)である。」(『播州特産金物発達史』より)という説が最も有力視されています。

播州釣針発展の祖「小寺彦兵衛」

 播州釣針発展の租、小寺彦兵衛について次のような記録があります。

 「天保13(1842)年3月、土佐釣針の技法を知ろうと、家族と水杯を交わして別れ、土佐の高知に着いた。しかし、教えてくれる者がなかったので、偽って四国霊場巡拝者となって数年、釣針職人太田某と知り合い、その下男として住み込んだ。仕えること3年、日夜忠勤に励んだのでその製法を授けられ、奥義を極めることができた。土佐にあること前後10年、その初志を達成して故郷へ帰ってきた。嘉永4(1851)年11月のことという。」(大正12年刊『加東郡史』より)

 嘉永4(1851)年に帰郷した彦兵衛は、工夫を重ねつつ釣針の製造に励みました。彦兵衛は、自分が習得・工夫した技法を多くの弟子たちだけでなく、同業者たちにも快く公開しました。そのため、彦兵衛から習って釣針製造を始める者が、播磨・丹波地方はもちろんのこと、岡山県方面にまで広がったといわれています。これが、播州地方で釣針産業が発展した最大の要因です。

 ちなみに、彦兵衛の直系にあたる方のお話によると、彦兵衛は「ほとんど家に居つかず、何年も帰ってこず、死んだのかと思ったらひょっこり帰ってくるようなことが多かった。」ようで、土佐から技術を持ち帰った後も、あちらこちらと産地を訪ね歩き、自らの製法に絶えず改良を重ねていたと思われます。

 また、彦兵衛が所有していた田畑は、明治の初め頃にはそのほとんどが人手に渡っています。これは、留守を守る彦兵衛の妻だけでは田畑を守りきれず、また、産地を巡る旅費を捻出するために売却する必要があったのだと考えられます。

播州毛鉤の発祥

播州毛鉤

 播州毛鉤の発祥については、まだまだ不明な点もありますが、この付近の行商人が他産地の針を仕入れて行商に歩いていたということに糸口があると考えられます。吉田豊作氏所有の『大福万覚帳』によれば、多可郡比延村(現西脇市比延町)の行商人中島屋卯兵衛が、チヌ針・土佐針・行田針等の他に、花丸・並蚊頭・孔雀筒入れなどの毛鉤を京都の針所から仕入れ、付近の村に売り歩いていました。天保15(1844)年の記録では、他の行商人が各種の釣針や毛鉤を福知山・宮津などの丹波路で売り歩いていたとされています。

 西脇市周辺は、「京都ー亀岡ー篠山ー社ー姫路」という街道が近く、また、「篠山ー山南ー黒田庄ー西脇ー社」という道の存在があり、徒歩でも京都から2、3日であることから、毛鉤生産技術の先進地、今日の製法が行商人たちによって伝えられたと考えられます。

播州毛鉤の発展

 江戸時代末期から始まった播州毛鉤製造には、技術的な改良がしばしば行われてきました。弘化元年(1844)年頃に、地針にカエシ(針が魚の口から外れるのを防ぐ部分)を付けた「剣」ものが現れ、嘉永5(1852)年頃に焼き入れ(地針の強度を上げる作業)が導入され、安政6(1859)年には地針の磨きも取り入れられました。

 明治に入ると、行商による釣針・毛鉤の販売はその地域を広げ、量的にも大きく増加しました。また、明治16年の第1回水産博覧会や明治23年の第3回内国勧業博覧会等に出品して、数々の賞を受賞し、以降その品質は多くの釣り師の認めるところとなりました。このように、播州毛鉤は時代とともに製品の完成度を高めて、優れた釣りの成果を生むまでに技術が向上しました。

播州毛鉤の特徴

播州毛鉤製造の様子

 毛鉤は、水生昆虫をそのまま模したイミテーションではなく、そのイメージを日本的美意識によって様式化したもので、美しい色をあしらった幻想的な工芸品です、毛鉤製作は現在も昔ながらの手細工一本槍の技法によって作られており、200年以上の伝統と歴史を誇っています。わずか1センチメートル足らずの鉤に、数種類の鳥の羽根を絹糸で巻き、金箔・うるしなどを用い、虫に似せた生き物に作りあげます。

播州毛鉤画像

 毛鉤を用いた釣りは、魚の種類と季節・天候・時刻・水深・水色・水質など自然環境に適合させることが大切で、これを追及して、先人たちは不断の努力と創意工夫を重ね、500種類あまりの毛鉤を作りあげてきましたが、今日でもなお同種の毛鉤が愛用されています。この毛鉤を水中で動かすと、あたかも川虫がいるように見えます。魚を欺いてしまうほどに生きた虫に見える毛鉤を作る熟練者になるまでには5年以上かかり、ベテランでも1つの毛鉤を作るのに10数分かかります。

地域ブランド「播州毛鉤」

播州毛鉤ブランドロゴ

 「播州毛鉤」は昭和62(1987)年に通商産業省(現経済産業省)から「伝統的工芸品」の指定を受けました。また、地域団体商標(地域ブランド)としても認定されています。

 ロゴは印刷物や製品に使用し、需要の喚起に努めています。

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更新日:2016年10月17日