心のスケッチ(2025年度)

更新日:2026年03月05日

戦争のない世界を後世につなぐ

令和7年は、戦後80年の節目の年でした。
令和7年12月7日に、黒田庄地区文化祭の講演会で、講師の木村浩一さん(加古川市立尾上公民館長)が、終戦の昭和20年前後に明石市に住んでいた13歳の少年のつづった日記と新聞を紹介しました。この日記などは、木村さんが小学校教師だったときに、子どもたちに出した夏休みの宿題の中にあったものです。木村さんは原本のコピーを取り、聞き取り調査をして、戦争の貴重な資料として残していました。その日 記からは、少年の目を通して見た戦時中の生活の様子が伝わってきました。
まず、食料や日用品をもらったり届けたりした近所とのやりとりが書かれていました。人のつながりが強く、困ったことは互いに支え合い、助け合っていた様子が伝わってきました。次に、朝昼晩の食事の内容が詳細に記されていました。配給で我慢を強いられながらも、文句を言わず耐えている様子が分かりました。最後に、毎日の新聞記事の見出しを、彼は記録していました。少年の戦勝への期待が伝わってきました。自身の将来への希望を記さず、ひたすらに戦勝を祈る内容でした。それが、当時の子どもたちの唯一の希望だったことが伝わってきました。
戦後80年にもなると、その記憶を語れる人は 少数になり、いずれはその貴重な体験を聞くことができなくなります。多くの尊い犠牲から得た教訓がありながら、今でも世界各地で戦争が続いています。戦争は他人事ではないこと、平和な世界は当たり前にあるのではないことを、私たちは戦争を経験された方々から学んできました。これからは「戦争を知らない」私たちが、その経験を伝え、平和な世界の重みを子どもた ちにつないでいかなければなりません。

ファッションショーがつながりをつくる

 昨年11月22日、西脇高校の生徒たちの製作した衣装を着用したあるファッションショーが開催されました。モデルを務めたのは、市内の重度障害者通所施設を利用している子どもや大人たち。その生き生きとした姿に、会場は称賛や 応援の思いがこもった拍手で包まれました。
 これは、ボランティアや福祉関係団体、学校などによる実行委員会が、福祉を身近なものとして感じ、より関心と理解を深めることを目的として開催した「いきいきふれ愛まつり」のステージの一場面です。
 出演者は、西脇高校の生徒のサポートを受けながら、ある人は力強く歩き、ある人は車いすを使って舞台に登場し、それぞれの個性に合わせた機能性やデザイン性を兼ね備えた衣装で、自分らしさを表現しました。舞台上では、施設での日常の様子や、施設職員からのメッセージが映し出され、障害のある人たちの生活やそれを支えるスタッフの思いが伝わってきました。
 私たちは「障害のある人もない人も、互いにその人らしさを認め合いながら共に生きていける社会の実現」を目指していますが、まだまだ多くの障壁が日常生活には存在しています。着たい服が着ることができないこと、自由に移動ができないこともそんな障壁の一つです。
 企画段階から実施にかけて、障害者と高校生、施設の支援者、家族など多くの人々がつながるとともに、会場では、これまで接することがなかった人たちも、このショーを通して、重度障害者のことを知ることができたように思います。
 こうした活動が障害者への理解を深め、共に支え合う意識を高めていく貴重なきっかけとなるではないかと感じています。

あなたのおうちのお雑煮は?

 私は年末年始を妻の実家で過ごします。今では義母の作るお雑煮が私のお正月の味になっていますが、初めて出されたときは、これまで食べてきたお雑煮との違いに、少し驚いたことを覚えています。
 お雑煮は地域によって汁の味付け、餅の形、具材が異なる上に、各家庭の伝承もあり、実に多様です。皆さんも同じような経験をしたこと があるのではないでしょうか。
 私たちは「多文化共生」という言葉を聞くと、外国人や外国にルーツのある人たちと、互いの文化や考え方を尊重し、共に生きていくことを連想します。実際に、このような文脈で使われることが多いですが、文化が異なるのは外国人や外国にルーツのある人たちに限ったことではないように感じます。例えば、日本人同士でも食事や言葉(方言)は地域によって異なりますし、同じ屋根の下で暮らしていても同じとは言 い切れません。
 このように考えてみると、私たちは多様な文化の中で生活しており、互いが心地よく生活できるように自然に相手を思いやり、違いを認め合いながら生きていると言えそうです。
 さて、食べることは文化の違いを理解し、互いを尊重する重要なきっかけになるようです。妻の両親に初めて手料理を振る舞ってもらったとき、一粒残さず平らげ、非常に喜んでくれたことを覚えています。
 皆さんもこのお正月に食を通じて、「多文化共生」してはどうでしょうか。

ネット社会と自己コントロール力

「悪口と泥棒では、どちらが罪深いか」を問 われたらどのように答えますか。「人は泥棒に 入られてもよほどのことがない限り、次第に立ち直り忘れるが、悪口を言われると、心に深く傷がつき、死に追いやられることもある」とある教会の牧師は話しています。

ネット社会の進展とともに、悪口の様子も変 化しています。何かニュースがあるたびに、当事者へのあらゆる誹謗中傷が匿名で発信されて います。中には悪口を確信的に発信している人もいます。インターネットはとても便利なツールですが、利用に際しては、個人の名誉やプライバシーに関する正しい理解や他者に思いをはせる心が求められているのではないでしょうか。

「自分は悪くない」と信じ込み、「本人に問題があるからだ」「そんなに傷つくとは思わなかった」などと他者の痛みを感じ反省するような言葉をあまり聞くことはありません。悪口や陰口は人の性でしょうか。ある会社の送別会で、Aさんに「私たちはAさんを信頼していました。Aさんから悪口を聞いたことがありません。社の手本です」と称賛の言葉がありました。Aさんの仕事ぶりは、自他を客観視し、事実に基づき自分の思い込みを極力排していました。また、自分が嫌だと思うことは他人にし ないようにしていたそうです。この「人を大切にする心」はインターネットに向き合っても変わらないと思います。

私たちは、外部からさまざまな影響を受けやすい、もろい側面を持っています。そのため、日頃から自分を律する「自己コントロール力」を磨く必要があります。氾濫するネット情報に流され、不確実な情報を信じたり、悪質な言葉にだまされたりしないようにしたいものです。

特別なもの

私は最近、小・中学生人権作文コンテストの 多くの作品を読む機会があり、自分が人権の作 文指導をしていたときのことを思い出しました。 人権という言葉だけでは小学生が人権作文を書 くことは難しく、あの手この手で工夫をして人 権作文の指導に取り組みました。

時には、異文化理解について考えるために、 昆虫食を入り口として、「当たり前とは何か」 「文化を受け入れること=食べることなのか」 など考える機会をつくりました。また、障がい 者問題に目を向けるために、「テレビの放送時 間がオリンピックからパラリンピックになると 短くなるのはなぜだろう」と話し合っていまし た。今思うと、あの頃の私は、人権とは自分た ちの生活からは遠く離れたところにある「特別 なもの」だと捉えていたのかも知れません。

しかし、子どもたちの人権作文を読む中で、 読み手として強く心が揺さぶられ、共感させら れるものは、子どもたちが実際に体験し、日々 の生活の中で感じている身近な気づきや感動で した。友達の考えを聞いて違いに気が付くこと、 けんかをして仲直りをしたこと、困っている友 だちに「大丈夫?」と声をかけたこと、思い切 って自分の考えを発表したことなど、その全て が人権につながっているのです。国連の「子ど もの権利条約」には「子どもが健やかに成長し、 自分の考えを持ち、安心して生きること」が明 記されています。これは、遠い国の話ではなく、 子どもたちの生活そのものといえます。

人権を「特別なもの」と思うと難しいものと 感じてしまいます。しかし、日々の生活を安心 して笑顔で過ごすことと考えれば、理解しやす いものになります。人権を誰かの問題ではなく、 私たちが毎日向き合っている現実そのものだと 意識することが、互いを尊重し合う社会を築い ていくことにつながるのだと思います。

おしゃべりは元気の源

今年90歳になった私の母は、おしゃべりが大 好きです。毎日、顔を合わせると一方的に自分の話をします。また、お客さんが来て知ってい る人だと、昔の思い出話を始め、長時間の足止めをすることもあるようです。私は時々、そんな母のおしゃべりを面倒に思い、ついつい素っ気ない返事をしてしまうことがあります。

そんな母に、「地区で定期的に開催されている茶話会に参加してみたら」と声を掛けてみました。この会には、地区内の高齢者の方々がたくさん集まり、母の顔見知りの方もおられるので、いっぱいおしゃべりができて喜んでくれるのではと思いました。しかし、母の返事は「行かない」の一言。理由は「同じ年代の人が来ず、話し相手がいないから」でした。実際、参加者の大半が70代の方で、母と同年代の方は参加し ていません。このような年代の違う人たちの会話には入っていきにくいと言うのです。こうして人は高齢になるほど、家に閉じこもりがちになっていくのかもしれません。何となく母の寂しい思いを感じました。60代で勤めに出ている私たち夫婦や若い息子夫婦にとって、留守を守ってくれ、幼い孫の世話をしてくれる母には感謝しかありません。母にとって、私たち家族が一番の話し相手になることはもちろんですが、より生き生きと元気に過ごしてもらうために、その地域に出て多くの人とつながり、会話を楽しんでほしいです。きっと母の元気の源になると信じています。

9月から各町で人権学習会が開催されています。世代を越え、地域の方々が会話を通してつながり、会話の場が減った母のような人にも思いを寄せる機会にしていただきたいですね。

9月23日は何の日?

毎年9月23日は「手話言語の国際デー」です。また、今年から「手話の日」となりました。

手話言語の国際デーは、平成29年12月19日に国連総会で決議され、決議文では「手話言語が音声言語と対等であることを認め、ろう者の人権が完全に保障されるよう国連加盟国が、社会全体で手話言語についての意識を高める手段を講じることを促進すること」とされています。

国内では「手話に関する施策の推進に関する法律」が令和7年6月25日に新たに施行され、第14条で「国民の間に広く手話に関する理解と関心を深めるようにするため、9月23日を手話の日とする」と定められました。

西脇市ではこの日に合わせて、「手話言語の国際デー&手話の日イベント」をみらいえで開催します。イベント当日は手話カフェ、手話語り、手話かるたなどのコーナーを設けます。聞こえない・聞こえにくい人たちと楽しく交流しながら、手話言語に触れる絶好の機会となるでしょう。また、全日本ろうあ連盟の「きこえる人ときこえない・きこえにくい人が共に暮らせて、人権と平等が守られた共生社会を求め、全国各地の名所や施設を同時にライトアップしよう」という働きかけにより、施設やモニュメントなどを国連の色、平和の色であるう青色にライトアップするイベントが広がっています。市内では、9月22日から27日までの期間、市役所・市民交流施設オリナス、茜が丘複合施設みらいえ、西脇病院などを青色にライトアップします。

こうした手話の日イベントやライトアップを通じて、さらに手話を身近に感じていただければと思っています。そして、耳が聞こえない・聞こえにくいことについて、皆さんの理解が広がっていけばと願っています。

一杯のビールが教えてくれたこと

家族で外食に出掛けたときのことです。運転手の私はウーロン茶を、妻は「たまには飲みたい」とビールを注文しました。しばらくして、店員さんがグラスを運んできました。そしてビールのグラスを私の前に、ウーロン茶を妻の前に差し出しました。「逆なんです」と伝えると、店員さんは少し慌てた様子でグラスを交換してくれました。もしかすると、お酒は男性という思い込みがあったのかもしれません。皆さんの 身近で、このような思い込みはありませんか。

こうした思い込みをアンコンシャス・バイア ス(無意識の思い込み)といい、誰にでもあり得ることだそうです。例えば「女性に理系の進路は向いていない」「仕事より育児を優先する男性は仕事へのやる気が低い」「性別によって向き不向きがある」といったものです。私自身、気付かないうちに周囲の人の希望や意欲をそいでしまったり、傷付けてしまっているのでは… と考えさせられます。

激動の時代に、法曹界での女性活躍を描いたNHK連続テレビ小説「虎に翼」のヒロインの猪爪寅子だったら、女性への思い込みに「はて」と一石を投じるような気がします。思い込みは過去の経験や見聞きしてきたことから生み出されるので、完全に払拭するのは難しいですが、寅子のように常に自身や周囲の言動を振り返り、問い掛けることが大切だと感じます。

さて、8月の「人権文化をすすめる市民運動」推進強調月間に、市内6ヵ所で講演会を開催します。8月2日(土曜日)には茜が丘複合施設 みらいえに「虎に翼」の脚本家である吉田恵里香さんをお招きします。オンライン配信・オンデマンド配信も行いますので、この夏、自身の人権感覚を磨く機会にしてはいかがでしょうか。

子どもたちに何を遺しますか【7月号】

四方を山に囲まれ、梅雨の恵みを受けた木々は青々と生い茂り、川の水は岸辺に近づきゆったり流れるこの西脇市の光景が、毎朝私の心をしなやかにしてくれます。

本市は豊かな自然と小都市としての利便性を備え、子育てや教育も充実し「程よい田舎」として魅力あるまちだと思います。そして、何よりも自分の生き方を大切にするとともに、互いを敬い、地域社会を大事にする市民の心が脈々と引き継がれているように感じています。人々 の穏やかさが、時間の針をゆっくりと動かしているようです。

この特色は、一人の優れた人が一夜にして創ったのではなく、地域住民が日々の営みを積み重ね、子どもたちにより良いまちを「遺していこう」という願いの表れだと考えます。

私は市内のある集会で町の役に当たった人から「順送りだから」「役に立つことがあれば」 という声を聞きました。その言葉に社会への貢献と、まだまだ頑張れる自分に喜びを持たれているように思いました。

さて、皆さんはこれから生きていく子どもたちに何を遺していきたいですか。

例えば地域を大切にする心、おいしい水、いい空気、自然を大事にする心、多様な人々の存在を知り違いを認め合う心、「あいさつ」を交 わす愛に満ち溢れたまち、どの子にも価値があると認め、質の高い教育を受けられるまちなどが考えられますが、いかがでしょう。

高齢の私がもう一度西脇市に勤めることを決 めたのは、おおらかに人を受け入れる地域の醸し出す人情と自然に引かれたからです。お世話になるこの地に、何か遺せるよう励みたいと思います

空気を変える?「笑顔」の力【6月号】

子どもが約350回、大人が約15回。この数字は、一日に笑う回数だそうです。皆さんは毎日どれぐらい笑っていますか。

今年の3月まで私は学校に勤めていました。 子どもたちのふとした瞬間に見える小さな変化や成長が大きな楽しみであり、体が震えるほど感動し、教師という仕事に充実感と喜びを感じていました。そんな私には大切にしていたことがあります。それは子どもたちと出会う朝の教室は、必ず「笑顔」であいさつをすることです。

笑顔が必要だと感じたのは、ある先輩が担任するクラスの子どもたちを見たときでした。昼休みの放送で先生の生歌を放送したり、ハロウ ィーンでは仮装をして廊下を歩いたりと、本当に生き生きと自由に生活する子どもたちの表情が、私には光り輝いて見えました。先輩を「自分とは何が違うのだろう」と観察していると、いつも笑顔で過ごしていることに気が付き、まずはそれだけでも真似をしようと考えました。

毎日続けることは難しく、体調や気分に左右されることがありましたが、笑顔を意識して過ごすうちに、肩の力を抜いて子どもたちと向き合うことができるようになっていました。

気が付くと、教室には子どもたちの笑顔が増え、前向きな言葉が生まれるようになりました。私が笑顔で過ごしたことが、子どもたちにどれだけ影響したかは分かりませんが、笑顔の大切さを知る機会となりました。

現在、私は市内のさまざまな地区の方とお出会いすることが増えました。温かな笑顔で出迎えていただくたびに、笑顔のもつ大きな力に勇気と安心をもらっています。

市内をさらに明るくするのは、皆さんの笑顔かもしれません。

私と母【5月号】

私は、この数年で耳が聞こえにくくなり、人の会話もはっきり聞き取りにくいことがあります。特にコロナ禍からは、マスクをする方が増え、声がこもる上に口元が見えないため、さらに分かりづらくなりました。一番困るのは、電話応対です。「すみません。もう一度…」と、1回は聞き返せても、2回目はなかなか言えません。なぜなら私には一度、「もう、ええわ」と電話を切られた経験があるからです。最近では1回で聞き取ることができなかったら、前もって耳が聞こえにくいことを伝えてから聞き返すようにしています。以来前述のようなことは ありませんが、今でも電話は緊張します。

私には今年5月で90歳を迎える母が健在で、鉢植えの花の世話を日課に元気に暮らしています。しかし、母も数年前から耳が聞こえにくくなり、2度、3度と聞き返すことが多くなりました。同じことを繰り返し聞かれると、私もついついイライラしてしまい、「もう、ええわ」ときつく当たってしまうことがありました。私は自分が経験したつらい思いを、母にもさせてたのだと気が付きました。

令和5年度における兵庫県の高齢者虐待の報告によると、養護者による虐待が740件あったことが確認されています。虐待をした人は、被害者の息子、夫、娘、妻の順に身近な家族で88.6%を占めています。そう考えると、私もその入り口に立っていたのかもしれません。

以来、母にはゆっくりと話すように心掛け、 大事なことはメモに書いて伝えています。母も来客があれば伝言を書いてもらったり、電話は相手の名前と連絡先を聞いたりして、用件が分かるように、できることをしてくれています。 90歳になって、ますます頼りになる母です。

人権文化の花咲くまちづくりを進めよう【4月号】

新しい年度が始まり、入学式を心待ちにしている子どもたちや、社会人としてスタートされた方など、希望に胸膨らむ季節を迎えました。

この時期に改めて「人権文化」の意味を考えてみたいと思います。兵庫県人権啓発協会によ ると、「日常生活の中で、お互いの人権を尊重することを自然に感じたり、考えたり、行動することが定着した生活のありようそのもの」と定義されています。

人権文化の花を咲かせるためには、日常生活の中で、どんなことが考えられるでしょうか。 例えば、混んだ電車やバスでお年寄りや体の不自由な人に出会ったとき、声を掛けたり自然に席を譲ったりすること。また、雨の日に車で歩行者に出会ったとき、車のスピードを落として、泥水がかからないように相手のことを考えて行動することなど、決して難しいことではありません。

市教育委員会は市民の生活の基盤である町(自治会)での人権教育を進め、人権意識の高揚を図るために、人権教育推進員を委嘱しています。推進員の役割は、人権に関する講演会や学習会に参加し、さまざまな人権課題について学ぶことや、自分の居住する町で開催される人権学習会を企画・運営することなどです。

推進員を務めた方の中には、「望んで引き受 けたわけではないが、いろんなことを正しく知って何でも前向きに考えるようになった」「家事や育児は女性の仕事だと思い込んでいたが、 少しずつ自分も参加するようになり、家庭が明るくなった」などという方もおられます。

市民の皆さんも推進員さんと共に、人権文化の花咲くまちづくりを進めていただけるとうれしいです。

この記事に関するお問い合わせ先

西脇市教育委員会 教育管理部 人権教育課

電話:0795-22-3111(代表)
ファックス:0795-23-8844
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